2017
05.20

母は、いったいどこまで理解しているのだろう。。。

Category: 母の事
昨日は、これまでしてきた母へのヘアカットも最後になってしまた。
病因の送迎のドライバーの女性から、スッキリしていて良いと褒められたけど
慣れない頃は、虎刈りになった時もあったなぁ。。。
最近は襟足はバリカンで、我ながら上手くなったと思っていたのに、残念。

ドライバーさんが「特養に入所するという事は、もう病院には来られないのですね
でもよく頑張れましたよー!」と、優しいお言葉。
送迎だけでなく愚痴も聞いてい頂き、ほんとに良くしていただきました。

その後近くのスーパーに行ったら、母の通うデイの初期のケアマネにお会いしました
彼女もお孫さんの面倒を見ることになり、一時お仕事を辞めました。

母が長い間本当にお世話になりましたという前に、「本当に良く頑張りましたよねー」と
ここでもまた言って頂きました。
こうした理解ある言葉が、どんなに心に柔らかく響き、ありがたいことか。

さて、特養の持ち物を準備していてTVも持たせてあげたいけれど
母は自分では操作出来ないし、つまらないだろうなぁと思い

「お母さん、もうすぐ新しい所に行くけど、TVは持って行けないけど大丈夫?
もう私とも一緒じゃないから、点けたりしてあげられないんだよ
そしたら母が急に下を向き、不安な様子になった。

どうしたの?不安なの?
「いいえ、あなたとお別れは、寂しいわ。。。」とうっすらと涙目になっていた。

「大丈夫、面会に沢山行くから心配要らないよ」と言うしかなかった
私までうるっとなってしまった。

私の事を娘なんて理解していない母、いったいどこまで理解しているんだろう。。
やはり、不安は不安なのだろうけど、私には、母がどこまで理解しているのか分からない
せめて、沢山面会にいってあげよう。。。


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2017
05.19

念願の特養決まったけれど。。。。

Category: 母の事
今日は、病院に行き再び尿検査と健康診断書を出して頂き、薬の2週間分を頂いてきました。
病因の待合室で待っていると、次々杖を突いたおばあちゃんが入ってくる。

隣に座ったおっばあちゃんも、88歳で腰は曲がってガリ股だけど、自宅から
20分かけて健康のためだと、歩いていたそうでとても元気で大声で会話する。

次は杖に韓流のヨン様のグッツをじゃらじゃらと杖を突くたび、鳴らして入ってきた96歳のおばあちゃん
その他に、お財布や扇子もヨン様一色で自慢げに見せていた。
なんとお部屋はヨン様のポスターで一杯なそうで気も若い!

今迄も何度か目にしていたけど、杖のヨン様も一時より下火のせいか減っていた。
それでも手荷物に差し入れに作りのお漬物を看護婦さんに持ってきていた。
なんとこの方もやはり歩いて病院まで来ていました。すごーい!

こうして観察していると、杖を突いて次々入ってくるのは、皆おばあちゃんがほとんどで
なんだか、皆知り合いで楽しそう。。。。♪

母の健康診断書も無事に出て、いよいよ入所のための準備の持ち物に
名前やそれぞれの枚数など、ズボンのすそ上げなどをしていくうちに
なぜか、私の気持ちは娘の修学旅行の手荷物をそろえているような。。。妙な感情が湧き出てきました。

不便をしない様に、困らない様にと。。。

ひとりで介護していると、ストレスで優しくしてあげられない事も多かったのが現実です。
でもこうしていざ入所すると決まると、テレビは自分では操作できなくて見れないだろうし
見れないのも可哀そうとか、それなり不安だろうなぁ。。。。とか思ってしまう
もう、親と子が逆転なんですね。
認知症になると、もう何もわからぬ子供の様な存在に戻るような。。。

入所して生活が落ち着いて生活に慣れれば、母も私も多分
また別の段階にに入るのでしょうが、命と向き合うという事は涙が付きものなのですね



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2017
05.17

部屋のぞいたら、涙をぬぐっていた。

Category: 母の事
健康診断中なのですが、検便の結果やMRSAとやらの結果が出るのに
一週間ほどかかる。
その上尿検査でまた細菌が出てしまい、抗生物質が出されました。

その後にまた尿検査です。
この尿検査の為の尿の採集が難しい。。。

最近の母は、特に一人で誰かと話しているような会話?をすることが増えました。

先日朝食を出してテレビを点けてあげました。
朝食はパンなので口に運んで上げる物もないので、ご飯より楽です

テレビを見ながら、母の声がまた誰かと話している様に「私も同じよ」などと頻繁に聞こえてる。

NHKの朝のひよっこが始まった。

私はリビングのテレビで同じものを横目に、キッチンに行ったりしていた

物語が田舎の腰の曲がったおばあちゃんが、孫の怪我を心配して
道の途中まで迎えに出て、孫を見つけると曲がった腰がピンと伸び孫に駆け寄り
抱きしめあうという物だったのですが

いままで聞こえていた母の声が、気が付くとしばらく聞こえていないので
襖の開いている部屋を覗くと。。。。

指先で涙をぬぐっている。。。。確かに涙をぬぐっていた。

私はなかなかこちらの言う事が伝わらないし、いままでただ画像を眺めているようなことが
多かったので、少し意外でした。

母は小さい時に、おばあちゃんに預けられ育てられたひとでした。
きっと何かそれと自分の何かが重なったのかなぁ。。。

何年も認知症の母と一緒なのに、ちっとも理解できていない

段階を経て行動が変わって来たけれど、最近は足腰が弱ってきているから
徘徊や一時何度もやっていた、引き出しの物を出しては包み込むことは無くなった

最近は、一人で誰かと会話
そして、話している語尾がろれつが回らなくなったからなのか
語尾に。。。ラッタカ、テッテケ、テッテケ テッテケテ! と付けるのです。

次はどんな変化を見せてくれるのでしょうか。

今回の作品 こちらもお話し好き  オカメインコ 

P1040066.jpg


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2017
05.10

特養審査の結果

Category: 母の事
面接を受けた最初の所から、審査が通りましたと連絡がありました。

今日は、母を健康診断に連れて行きます。
背中が曲がってしまっているので、レントゲンがもの凄く難しいので今日もちょっと心配です。
以前は顎を持ち上げる為に付いたとのでしょう、顎に3本の指のアザ  きょうはどうなるのか。。。

母を布団に入れて、私の言っていることが理解できるかどうかわからないけれど
特養に入れることになったことを伝えると、その目が少し不安そうに何か考えている様に
見えたのは、気のせいだったのかしら。。。
大丈夫何度もお見舞い(面会)に行くから大丈夫と伝えましたら、「お見舞いに来てくださいね」と言っていました。

母はとても苦労した人で、必死に働き私たちを育ててくれました
そんな昔のことなど色々話したけれど、嫌なことは忘れているんですよね

そして「人を恨んではいけません」とか「私は本当に幸せだと思います」とかの言葉が
語尾がろれつが回らなくても何度も繰り返して、言いました。
なぜか、心にずしっときました。

母が特養に入れるようになったことは、私と母以外の家族にはなんの影響も日常の変化もないのです。

でも認知症の母も母なりに不安もあるだろうし、わたしもこれからは面会に通う事になります。

もう4階までの階段の上り下りも限界に来ていましたから、ほんとよかったです。

よく頑張ってくれました。


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2017
05.05

介護度は、だめもとで再申請

Category: 母の事
昨日のブログの中で介護度4になったからか、このシーズンだからか
特養の面接が続けてきました。と書きましたが

今朝のYahooのニュースに、<特養>要介護3、受け入れ敬遠 2割以上に空き
というのがありました。

私の母が介護3というのを2回目にも変わらず受けた時は、なんとなく納得が良きませんでした。
それから1年、特養の申し込みはしてあるもののなかなか連絡はなく
ケアマネが、新しい施設が出来るので入りやすいから申し込みましょうと言ってくれました。

もうすぐオープンという頃ケアマネから何か連絡有りましたか?
介護度4の方のは面接が始まっていると言うではありませんですか

その後直ぐ私の方から、ケアマネに母はあれで介護度3だと思いますか?
そう言って介護度の最申請を申し込んだら、「そうなんですよね、もうひとりの者と話していたところなんです」と
それなら、進めてくれればいいじゃないかと思いました。
私が、そのまま言わなければ母は、今も変わらず介護度3でしょう。。。

ご家族を介護をされている方で、特養に入所をお考えのご家族の方は
積極的でなく受け身のケアマネもおります。
ダメもとで再申請を申し出してみましょう。。。

と言っても、母もまだ面接の結果が出ているわけではありませんが
面接のお声が掛かるだけで、なんだか長く暗いトンネルの先に、出口の灯りが見える気持ちになれました

どうぞトライしてみてください。

作品紹介 ハシビロコウ  
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